自動車屋になりたい!

高校3年生になってすぐ、、

井上家で、大事件が起きました。

大黒柱だった、父親が、蜘蛛膜下出血で倒れて入院してしまったのです。

さー大変です。

大学へ行こうと思っていた自分は、考える余地なく、

家業を継ぐ決定をしました。

でも、何とか高校は卒業しようと思っていました。

学校から帰ったら、絞り加工の仕事を、各地へ届けるのは全部私の仕事になりました。

もうすでに、オートバイには乗っていましたので(当時は16歳で免許はもらえました)

毎日、あちこちへ走っていました。

私には兄がありましたが、長崎の大学へ行っていましたので、家にはいませんでした。


お蔭様で父は、倒れてから、3~4ヶ月で快方に向かい、退院してきました。

秋も深まった頃には、何とか自分で、オートバイに乗れるまでになりました。

とりあえず、私は家業を継がなくてもよくなりました。

が、、、しかし、私の成績は、卒業が危ぶまれるほどのものになってしまっていました。

とても、国公立の大学は、望むべくもありませんでしたので、就職をすることに決めました。



恵まれたことに、ちょうど、就職試験の申し込みがが間に合うぎりぎりの時期でした。

さて、、どこを受けたらよいのか?

好きなことから、、、

日本交通公社(現、JTB)と愛知トヨタを受けることにしました。 

就職難の時代だったのかどうかは知りませんが、両社とも、大変な競争倍率でした。

日本交通公社は、約10倍

愛知トヨタは、6倍でした。

試験を受けに行った頃には、自動車屋になる夢は、すっかり忘れ、

受かることの方が気持ちの上で、先決となっていました。

両方とも最終選考までいくことができましたが、

学校の決まりにより、採用通知が先に来た、

愛知トヨタに就職することになりました。


交通公社は、2・3日遅れて採用通知が来ました。

この通知が、逆転していたら、私の人生は違ったものになっていたはずです。


高卒入社は、愛知県全域から 50~60名でした。

研修期間に入り、同期入社のみんなを見るにつけ、

この人たちの中なら、当然私が1番になると思っておりました。

6倍の競争を勝ち抜いてきた人たちとはとても思えませんでした。

きっと、他の人は私を見て同じように思ったのではないでしょうか。



配属が決まりました。

鉱油部(金ヘンでなく、石ヘンでした)販売課 スタンド係

えぇ!!愛知トヨタにスタンドなんかあるの?

「1番貧乏くじを引いたなー」と心底から思っておりました。






いやな職場で、いやいやの社会人スタートになってしまいました。

ガソリン入れ・グリースアップ・オイル交換・エレメント交換・・・

教えてもらいながら、いやいや、やっていたのでなかなか上手にはなりません。

ガソリンは噴出す・グリースは入らない・オイルはこぼす・エレメントはオイル漏れ・・・

今思えば、私に作業してもらったお客様には、大変申し訳なかったと思っております。

会社にも、とても迷惑をかけてしまっていました。


当時はスタンドの主任はじめ、スタッフみんながすさんでいました。

お客様は神様なんて気持ちは、かけらもありませんでした。「おきゃ・おきゃ」と言っておりました。

「おーい・おきゃが来たぞぉ・・」「あのおきゃは何だーえらそうに・・」と言うような始末でした。


そんなスタンドでの最初の夏でした。

販売キャンペーンがありました。

スタンドで、背もたれにかける、バックレスト と

お尻にしく ロアーレストを拡販することになりました。

カークーラーなんてほとんどなかった時代ですので、

今思えば、売れて当たり前の商品だったと思います。

先輩は、日ごろおきゃ、おきゃと言っていたのが、一気に猫なで声で、、

うまいこと売りつけていました。


バックレスト、ロアーレストを永く使うと、シートがいたんで、破れてしまう。

運転手のシャツの背中が擦り切れる。ズボンもしかり。

マイナス点ばかり見えてしまい、、

涼しい・あせもが出来にくいし、今までの籐製品に比べると非常にやわらかく、

価格も安い、と言うプラス面は消えてしまっていました。

上から言われると、猫なで声で自分の成績を上げようとする、、

先輩が見苦しくて許せませんでした。


会社からの指示ですし、新入社員の立場でやらないわけには参りません。

とりあえず、ガソリンを入れに来られるひとに、話してみるだけでしたので、、

夏の期間で、10も売れませんでした。

1番成績の悪い先輩の5分の1も売れませんでした。



この販売キャンペーンの結果が、

私が会社に入って最初の販売実績でした。


高校の時、一緒によく山に登った友達は、みんな大学生になっていました。

なんか取り残されてしまったような寂しさから・・・

自分も大学へ行こうと思い、先ず主任に話したら・・・

「馬鹿もん・・ガソリン入れるのに、何が大学だぁー えぇ加減にしとけ!」

と言われてしまいましたが、腹の中では、、

主任には・・「おみゃーみてぇぁーになりたにゃーもんで行くんだわー、馬鹿もん!!」

と思っていました。


仕方ないので、だめもとで、人事部に相談に行ったら、快く了解がもらえました。

試験を受け、翌年春の入学の夜間部で愛知大学へ入学することが出来ました。







物を売る前に、、

   「良い環境が必要です」

     良い企業風土・良い上司・良いスタッフ仲間。
     まず良い商品だとほれ込まなくては売れないのはとうぜんです。
 

自分の販売の原点

    また続き書きます。


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